恍惚の宿木 -玲瓏彩香-
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▼-『鈍色鏡』-近藤善揮(4/30-00:40)No.16967
 ┗Re:『鈍色鏡』-ciao_ゆきえ(4/30-16:58)No.16973
  ┗Re:『鈍色鏡』-近藤善揮(5/1-00:18)No.16981


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16967『鈍色鏡』近藤善揮 E-mail URL4/30-00:40

何も移らぬ鈍色の鏡がありました
もはや鏡とは言えないのかもしれません
ぼんやりと、私の影が映ります
どんなに顔を歪めても
どんなに近くに寄ってみても
そこに映るのは
ただ、ただ私の顔の影
鈍色鏡は優しいです
苦しむ私を映しません
鈍色鏡は冷たいです
楽しい私も映しません
ただ、ただそこに映るのは
私と思しき私の輪郭
鈍色鏡は思い出鏡
きれいな記憶を閉じ込めた
封印された、記憶の鏡

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16973Re:『鈍色鏡』ciao_ゆきえ 4/30-16:58
記事番号16967へのコメント
おもわず お名前を拝見した瞬間、感嘆の声を「あひゃ〜 おひさしぶりですう〜」
と 画面に向かって 声に出してました。
こうやって、近藤さんの詩にレスができるなんて 嬉しいです。恍惚に長居してますが そうしてきw
よかった。

最近のカメラつき携帯の普及の性で さくさくと 自分の写真を鏡のようにとるようになった私なのですが、
写真とは不思議です。
ごく最近の写真であっても 自分であって自分でないような絵たちを 眺め、画像の日付照らしあわして そ
の時々の内面と画像としての自分の像と リンクしているものかについて 思っていました。

画像はとても鮮やかに私を浮き彫りにしているはずですが その画像をみて 回想にふけっている私の脳裏に
うかぶのは なにやら鈍い像で、それこそが本当の私に違いないのです。

苦しむ私。
楽しい私。
記憶のなかに閉じ込められた私は
私しかしらない 本当の私であり、映像では映しきれない封印された私の真の像が 私の記憶の中には 確か
に存在しているなと ちょうど思っていたところでした。
そして、その人にとってなによりも大切な自分の像というものは
この詩で言っているように 鈍色という表現がぴったりだと思いました。

わたしは心に沼のような鏡をもっている。そのように感じました。
鈍重な色がぴったりとくるのは その性であろうと 私は感じました。



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16981Re:『鈍色鏡』近藤善揮 E-mail URL5/1-00:18
記事番号16973へのコメント
ようやく詩を書こうなどという心境に至りました。
いえ、あろう事か私は今、戯曲など執筆しております。

しばらく肉体的表現に思考の比重が置かれておりましたが
これからは言葉による表現も意欲的に発表していく所存です。

17歳で詩壇にデビューし昨年は20周年を迎えました。
この春からは、新たな何かを見つけるべく、新たな表現の場を
見つけるべく、何かを求めて、新たに模索していくこととなるでしょう。

これからもよろしくお願いします。