恍惚の宿木 -玲瓏彩香-

[投稿順表示に戻る]

†-roadtous-式(8/11-03:35)No.4881


トップに戻る
4881roadtous8/11-03:35




長く永く続く廊下。
灯りは燈されていないが
意識のようにボンヤリと壁や足元が浮かび上がる。

床と靴とが接触するたび
無機質な音が静寂に響く。
廊下には無数の扉が並んでいる。
厚い隔たりを通して
しかしそう遠くない世界で
自分の知らない何者かが生活しているのだろう。

わたしは息を潜めながら歩く。
それはある種の後ろめたさだ。
わたしは何処に向かうのだろう。
それとも自分の部屋を探しているのか。
いや、もうそんなことはどうでもいい。

「・・・・・おい。」
男の声に振り向くと
そこには見慣れた人間の姿があった。
気づかなかったのか。
それとも気づいていて認めなかっただけなのか
わたしには分からなかった。

「・・・・・なによ。」
わたしが目の前を通り過ぎて
暫くしてから声をかける芝居がかった行動が
とても彼らしいと思い
何だか安心してしまった。
強がりからか。
わたしは少し怒ったような表情を造る。

「何処に行くんだ・・・・・逃げるのか?」
彼は何時になく真剣な目をしていた。

「まさか・・・・・散歩よ。」
わたしは多少の微笑みをもらす。
しかし涙腺は緩みかけていた。

「随分と気の重い散歩だな。付き合ってやろうか?」
彼は皮肉っぽい笑みを浮かべる。
わたしは彼の目を見詰め小さく溜め息を吐く。

「好きにすれば?」



二人分の足音が廊下に木霊する。
わたしは心臓の高鳴りを必死に押さえようとしている。
彼は何もない暗い空間を見据えて
まるでわたしなんて存在しないかのように歩いている。

「死にたいのか?」
不意に彼が口を開いた。

「死にたいなんて、懐かしい言葉ね。」
わたしはやけに冷静に言葉を返していた。
それはわたしの意志だったのだろうか。

「何処にも行けないんだよ、俺達は。」

「別に何処にも行かないわよ・・・・・何処にも。」

「じゃあ何で夢を見る、毎晩毎晩同じ夢ばかり。」

「帰ることすら出来ないのにね。」

「ただ思い出すだけだ。」

「訳もなく、ただ・・・・・・だけね。」

「能のない。受け売りの言葉だ。」

「結局何も出来ないってことなのね。」

「それだけか、言いたいことは。」

「それだけよ、言えることは。」
彼は笑い出した。
彼特有の気に障る笑い方だ。
廊下は不自然な歪み方をしている。

「もう寝なさい。明日も早いんでしょ?」

廊下が躓いたようにガクンと揺れた。