恍惚の宿木 -玲瓏彩香-
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†-ばらばらの行間-とかげ(3/21-01:10)No.42989
 ┣Re:ばらばらの行間-天木 日景(3/21-21:14)No.43004
 ┃┗Re:ばらばらの行間-とかげ(3/22-23:40)No.43052
 ┣Re:ばらばらの行間-Dyari-chie(3/22-12:35)No.43035
 ┃┗Re:ばらばらの行間-とかげ(3/23-00:07)No.43054
 ┗Re:ばらばらの行間-Dyari-chie(3/22-12:35)No.43035


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42989ばらばらの行間とかげ 3/21-01:10

そらはつながっているから
わたしは少しだけいきぐるしい
かといって揺れはしない

つまり全ては向こう側にあって
さあ怒れとさあかなしめと
そういう命令がヒトを支配している
なにが本当でなにがうそなのか
考えなくてはいけない
そこに意志があるのなら

確実なのは起きていること
そして全てはガラス越しに伝わる
そらはつながっているから
それでもなにかが起きていると思う
ただ本能的に
もしかしたらレミングの群れのように

思うのではなく
ふとにおいを感じただけで
飛び込んでいく群れ

悲鳴も怒号も
なにも届きはしない
淡々とした地鳴りが
淡々とひびいて
わたしは淡々とそれを聞いている
向こうのものとして

そこにあるというだけで

誰もうれしくない
誰も悪くない
そして誰も求めていない

不安

わたしがかなしむまでもなく
誰かがかなしむだろう
抑鬱の必要さえなく
全ては進行していく

大うそつきどもの裁きの下
神はなかなか姿をあらわさない
のでわたしは少しだけいきぐるしい






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43004Re:ばらばらの行間天木 日景 E-mail 3/21-21:14
記事番号42989へのコメント
とかげさんは No.42989「ばらばらの行間」で書きました。

こんばんは。
お久しぶりです。
といって覚えていらっしゃるでしょうか

色彩についての言及はありませんが
灰色の色彩を感じました。
何も感じないということでもなく
かといって真っ白でもなく。
そしてその灰色に対する思いも
込められているような気がします。

意味不明な感想ですが。

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43052Re:ばらばらの行間とかげ 3/22-23:40
記事番号43004へのコメント
天木 日景さんこんばんは。
おひさしぶりです。
コメントありがとうございます。

>色彩についての言及はありませんが
>灰色の色彩を感じました。
>何も感じないということでもなく
>かといって真っ白でもなく。
色彩については全く書いていないのですが
たとえばある感情を色で表すとしたら灰色だと感じられることがあって、
それを詩の色として感じ取られるのだろうかと思います。
そういう意味で、この詩に灰色を感じていただけてうれしいです。

>意味不明な感想ですが。
いえ、とてもうれしかったです。

どうもありがとうございました。

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43035Re:ばらばらの行間Dyari-chie 3/22-12:35
記事番号42989へのコメント
とかげさん、こんにちは。
12時に起きました。
だらだらと寝ていて、ボーっと考えて
でも何もしない。
何ができるか、わからない。
何かしたところで、それが何かに「なる」のか
などと考えているうちに
多くの人たちの群れにのまれて
やはり何もしない小さなひとりになってしまうのです。

>わたしがかなしむまでもなく
>誰かがかなしむだろう

そういうことばかり考えているここ数日、
このことばは痛かった。
ぐさり、です。


>抑鬱の必要さえなく
>全ては進行していく

わたしは息苦しくあるのに
あえいだりもがいたりしていない。
手元には必要なものがそろっていて
世界とは切り離されて私だけの毎日が
進行しているのでしょう。
情けないことです。

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43054Re:ばらばらの行間とかげ 3/23-00:07
記事番号43035へのコメント
Dyari-chieさんこんばんは。

何ができるだろうと考えて、
何にも「ならない」のではないかと恐れて、
わたしは何もしていません。

わたしはあいも変わらずに寝て起きて
部屋の大掃除をしてゴミを大量に出しているのですし
小さな一人のくせしてガラス越しに
何かを見ているような気になっているのです。
本当は何にも見ていないのに。

>>わたしがかなしむまでもなく
>>誰かがかなしむだろう
>
>そういうことばかり考えているここ数日、
>このことばは痛かった。
>ぐさり、です。
何か出来ると考えて何かしなくてはと思って
何かしてみることがどんな結果を生むかはわかりません。
何か出来る人は何かをする資格を持っているのかと言えば
実際のところその扱いには慎重にならざるをえないのでしょう。
慎重に扱わないと戦争を起こしてしまいさえする。

果たして、誰かがかなしむ前に自分がかなしむのがただしいのか。
誰かがかなしむから自分はかなしむことはないと言うのが正しいのか。
また、誰かのかなしみを自分が代弁する必要はあるのか。
怒りとかなしみとはまた違うものですが。

>わたしは息苦しくあるのに
>あえいだりもがいたりしていない。
>手元には必要なものがそろっていて
>世界とは切り離されて私だけの毎日が
>進行しているのでしょう。
>情けないことです。
たぶん、溺れつつあるのだと思います。
気づかないまま。
でも、人間と言うのは本当に溺れるまで気づかないのでしょうし、
もしも水の中でも生きていけるのならば
気づかないままに生きていくのではないでしょうか。
無理に気付いた気になるのはむしろ危ういような気がするのです。

わたしは多分明日も明後日も新生活の準備でおおわらわのはずで
わたし自身の生活が脅かされるようになるまで
溺れていることに気付かないような気がしています。

コメントうれしかったです。
どうもありがとう。

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1/1-09:00